1. ある社員の切実な悩み
都内の韓国系企業で10年間、誠実に勤務してきた佐藤健一さんは、いま深刻な悩みを抱えています。急な家庭の事情で多額の資金が必要となり、銀行からの借入だけでは不十分な状況に陥ったためです。佐藤さんは、自分がこれまで積み上げてきた「退職金」を、退職を待たずに今すぐに受け取れないかと考えるようになりました。
佐藤さんは、会社に勤めて10年になるため、相当な額の退職金が蓄積されているはずです。しかし、同時に不安もありました。「今ここで退職金を受け取ったら、将来本当に会社を辞める時にもらえる金額が減ってしまうのではないか?」「勤続年数がリセットされて、不利な条件になることはないだろうか?」という点です。
2. 法的な争点
このケースで問われる核心的な法的問題は、「労働者の請求による退職金の中間精算を行った場合、その後の退職金算定のための勤続年数はどのように計算されるのか」ということです。また、中間精算が他の労働条件(昇進や休暇など)に影響を与えるかどうかも重要なポイントとなります。
3. 韓国法が定める「退職金中間精算」のルール
韓国の「勤労者退職給与保障法」では、退職金の中間精算について明確な基準を設けています。
勤労者退職給与保障法 第8条 第2項使用者は、勤労者の要求がある場合には、勤労者が退職する前に、当該勤労者が継続して勤労した期間に対する退職金をあらかじめ精算して支給することができる。この場合、あらかじめ精算して支給した後の退職金算定のための継続勤労期間は、精算時点から新たに起算する。
ここで重要なポイントは以下の通りです:
- 申請の主体: 中間精算は、あくまで「労働者の要求」がある場合にのみ可能です。会社が一方的に強制することは認められません。
- 期間のリセット: 中間精算が完了した瞬間、退職金計算のためのカウントダウンは「ゼロ」に戻ります。つまり、次回の退職金は精算した日から改めて計算されます。
4. 韓国裁判所の判断基準
韓国の裁判所(大法院)は、労働者が自らの自由な意思で退職金を精算し、受け取った場合、その時点での勤労関係は「退職金算定において」一旦断絶されたとみなしています。
たとえ、精算後にそのまま同じ会社で勤務を続けたとしても、退職金算定の基礎となる勤続年数は、再入社したタイミング(精算時点)から計算すべきであるというのが一貫した判例の立場です。これは、すでに権利として金銭を受け取った以上、二重にその期間分の退職金を請求することはできないという合理的な判断に基づいています。
5. 佐藤さんのケースに当てはめると
佐藤さんが会社に申請し、10年分の退職金を中間精算で受け取った場合、法律は次のように適用されます。
- 勤続年数のリセット: 佐藤さんの退職金算定のための勤続年数は、精算したその日から「0年」としてリセットされます。例えば、精算からさらに3年後に退職した場合、もらえる退職金は「13年分」ではなく「3年分」となります。
- 1年未満の勤務期間: もし精算後、1年が経過する前に退職したとしても、佐藤さんは既に通算で1年以上勤務しているため、精算後の端数期間分についても、勤続期間に比例して退職金を受け取る権利があります。
- 他の条件の維持: ここが重要ですが、退職金の計算期間はリセットされても、昇進、号俸(給与段階)、賞与、年次有給休暇などの算定基準となる勤続年数はリセットされません。これらは引き続き「10年+α」として認められます。
6. 結論:佐藤さんはどうすべきか、そして読者へのアドバイス
結論として、佐藤さんは退職金の中間精算を受けることができます。 しかし、その代償として、将来の退職金計算においては「過去の10年分」が切り捨てられることを覚悟しなければなりません。
佐藤さんは、現在の急場をしのぐために中間精算を選択しましたが、将来的に受け取る退職金の総額は、一度に受け取るよりも少なくなってしまう可能性が高い(給与が上昇し続けるため、退職直前の高い給与で全期間を計算した方が有利だからです)という点に注意が必要です。
【同様の状況にある方への実務的アドバイス】
- 「強制」には応じない: 中間精算は労働者の請求が必須です。会社から「社内規定だから」と強制的に精算を迫られた場合は、法的な権利を侵害されている可能性があるため、専門家に相談してください。
- 将来の損失を計算する: 退職金は「退職時の平均賃金 × 勤続年数」で決まります。今受け取る額と、定年時に受け取るであろう額を比較し、経済的な損得を慎重に検討してください。
- 他の福利厚生を確認する: 退職金はリセットされても、年休や昇給への影響はないことが一般的ですが、念のため就業規則で「勤続年数」の定義がどうなっているか再確認しましょう。




















