1 — 人間の物語

西村晴香は、長年の知人である佐藤大樹に八百万円を貸していた。事業を立て直すための資金だという説明を信じ、二人は返済期限を記した書面を交わした。だが約束の日を過ぎても返済はなく、晴香は電話やメッセージで何度も返済を求めた。

ある日、晴香のもとに届いたのは返済ではなく、大樹が韓国の裁判所で破産と免責の決定を受けていたという知らせだった。手続のあいだ、晴香は債権者として名簿に記載されておらず、免責に異議を申し立てる機会もなかった。晴香は大樹に対して訴えを起こしたが、裁判では、大樹が貸付金の存在を知りながら意図的に名簿から外したことを証明できず、請求は認められなかった。

「自分に知らされないまま債権を失うのに、なぜ証明までこちらがしなければならないのか」。晴香は、債権者に立証責任を負わせる韓国の法律は、財産権を不当に奪うものではないかと考えた。

2 — 法律上の問い

債権者名簿に記載されなかった債権について、債務者がその存在を知りながら悪意で記載しなかったことを、債権者に証明させる韓国の制度は、債権者の財産権を過度に制限し、違憲となるのでしょうか。

3 — 韓国法が定めていること

韓国の「債務者回生及び破産に関する法律」第566条第7号は、一定の債権を免責の効力が及ばないものとして扱います。対象となるのは、債権者名簿に記載されなかった破産債権のうち、債務者がその債権の存在を知りながら、悪意で記載しなかったものです。

債権者名簿に載らなかったという事実だけで、債権が免責から外れるわけではありません。債務者が債権の存在を知っていたこと、そして悪意で記載しなかったことが問題になります。

この規定が設けられたのは、債務者が免責に異議を唱えそうな債権者を意図的に手続から排除し、知らないうちに債権を失わせることを防ぐためです。一方、破産・免責制度には、債務者の経済的な再出発を促す役割もあります。そのため、名簿に載らなかった債権をすべて免責の対象外にすると、手続の安定や迅速な再建を損なうおそれがあります。

実際に免責の対象外だと主張する債権者は、一般に次の点を証明する必要があります。

  • 自分の債権が債権者名簿に記載されていなかったこと
  • 債務者が名簿を作成する時点で、その債権の存在を知っていたこと
  • 単なる記載漏れではなく、悪意による不記載だったこと

最後の二点を判断するための手がかりは、破産手続の記録だけとは限りません。貸付けをしたときの書面、返済を求めた時期や方法、連絡の回数、債務者が債務を認めたメッセージなど、債権者と債務者との具体的なやり取りも重要です。

4 — 韓国の裁判所はどう考えるか

韓国の憲法裁判所は、債権者に悪意の立証を求める規定を合憲と判断しています。判断の柱は、制度の目的が正当か、目的にかなう手段か、必要以上の制約ではないか、そして得られる公益と制限される利益の均衡が取れているか、という点です。

免責手続から債権者を意図的に排除する行為を防ぎつつ、債務者の迅速な再出発を可能にする制度設計には、立法上の合理性があるとされています。

裁判所は、債権者が手続記録を見にくい場合があることだけで、必要な証拠を集めるのが著しく困難とはいえないとしました。債務者が債権を知っていたかどうかは、当事者間の関係や請求の経緯などからも立証できるためです。また、個人破産と個人回生で債権者の扱いに違いがあるとの主張についても、直ちに平等原則に反するとは認めませんでした。

5 — 晴香のケースに法律を当てはめる

第一に、晴香の貸金債権が名簿に記載されず、晴香が免責手続で異議を述べる機会を持てなかったことは、重要な事情です。しかし、それだけで貸金債権が免責の対象外になるわけではありません。

第二に、晴香は、大樹が貸付金の存在を知っていたことを示す必要があります。借用書に大樹の署名があり、返済を求めたメッセージに対して大樹が「返す」と答えていたなら、債権を認識していたことを裏付ける有力な材料になり得ます。

第三に、認識していたことと、悪意で名簿に記載しなかったことは同じではありません。債権の存在を知っていても、記載漏れが誤りや不注意によるものなら、悪意の立証は難しくなります。反対に、名簿作成の直前にも返済について話し合っていた、あるいは大樹が債権を認めながら晴香だけを名簿から外したと推測できる事情があれば、意図的な不記載を示す材料になるでしょう。

晴香が敗訴したのは、この最後の点を証明できなかったためです。破産手続の記録にアクセスしづらかったことは不利な事情ではありますが、それだけで法律の立証責任の配分が違憲になるとはされません。憲法裁判所は、当事者間の連絡や返済請求の履歴など、手続記録以外の証拠も利用できることを重視しました。

6 — 結論:何が起きたのか、何をすべきか

晴香の訴えが退けられた以上、大樹の悪意による不記載が証明されない限り、彼女の債権は免責の効力を受けます。そして、債権者にその悪意の立証を求める法律自体も、財産権を侵害する違憲な規定とは判断されていません。晴香が憲法違反を主張して結果を覆すのは、容易ではありません。

同じ立場に置かれた人は、次の点を意識してください。

  • 貸付けと返済請求の記録を残す。 借用書、振込記録、メールやメッセージ、請求をした日時と相手の返答を保管します。
  • 破産・免責の知らせを受けたら、すぐに手続を確認する。 債権者名簿への記載や異議申立ての期限を確認し、早めに専門家へ相談します。
  • 「名簿にない」だけでなく、債務者の認識と意図を示す証拠を集める。 債務の承認、返済の約束、名簿作成前後のやり取りが、悪意の立証を左右することがあります。