突然の通知:消えた退職金の行方

ソウルにある物流会社で3年間誠実に勤務してきた佐藤さん(仮名)は、キャリアアップのために退職を決意しました。最後の日、彼はこれまで積み立てられた退職金を受け取り、新しい生活の準備を整える予定でした。しかし、管理部から届いた給与明細を見て、彼は目を疑いました。振り込まれる予定の退職金から、150万ウォンもの金額が差し引かれていたのです。

驚いた佐藤さんが理由を尋ねると、担当者は申し訳なさそうに言いました。「過去1年間の残業代を計算した際、システムのエラーで本来より多めに支給してしまっていました。今回の退職金で、その超過分を相殺(チャラ)にさせていただきました」。佐藤さんは納得がいきません。一度支払われた給与を、本人の同意もなく後から退職金から差し引くことは、法的に許されるのでしょうか。

争点:会社による一方的な「相殺」は可能か?

今回のケースにおける最大の疑問は、「会社が労働者に対して持つ債権(過払い金の返還請求権)」を理由に、「労働者が会社に対して持つ債権(退職金)」を一方的に差し引くことが、韓国の労働法上で認められるのかという点です。

韓国の法律は何と定めているか

韓国の勤労基準法 第43条 第1項には、賃金支払いの重要な原則が明記されています。

「賃金は通貨で、直接労働者にその全額を支払わなければならない。ただし、法令または団体協約に特別な規定がある場合には、賃金の一部を控除し、または通貨以外のもので支払うことができる」

この規定により、会社が労働者に対して何らかの金銭的な請求権を持っていたとしても、労働者の同意なしに勝手に給与や退職金から差し引く「相殺」は、原則として禁止されています。これは、賃金が労働者の生活を支える唯一の基盤であることを保護するためです。

韓国裁判所の判断基準

原則として相殺は禁止されていますが、韓国の大法院(最高裁判所)は、実務上の混乱を避けるために一定の例外を認めています。過去の判例(大法院1998年6月26日宣告 97ダ14200判決など)では、以下のような場合に限り、過払い賃金と退職金の相殺を認めています。

  • 計算の錯誤による過払い: 事務的なミスや計算ミスによって賃金が本来より多く支払われた場合。
  • 時期の合理的な密接性: 過払いが発生した時期と、精算(相殺)を行う時期が近く、調整としての性格が強い場合。
  • 労働者の経済生活を脅かさない: 相殺の金額や方法が事前に予告され、労働者の生活の安定を著しく害さない場合。
  • 退職時の特例: 労働者が退職する際、未払い賃金や退職金を請求する場面であれば、過去の過払い分を差し引いて計算することは比較的広く認められる傾向にあります。

佐藤さんのケースへの適用

佐藤さんの場合、会社側は「計算の錯誤(システムエラー)」を理由に挙げています。裁判所の基準に照らし合わせると、退職時にこれまでの精算をまとめて行うことは、実質的な「賃金の調整」とみなされる可能性が高いです。

特に、退職後は会社が労働者から過払い金を回収することが困難になるため、裁判所は退職金との相殺を比較的肯定的に捉える傾向があります。もし、その計算ミスが客観的に証明可能であり、佐藤さんの生活に致命的な打撃を与えない範囲であれば、会社による相殺は法的に有効であると判断される可能性が高いでしょう。

結論:何を確認し、どう動くべきか?

最終的に、佐藤さんの退職金から150万ウォンを差し引くことは、会社側が計算ミスを明確に証明できるのであれば、適法とされる公算が大きいです。しかし、佐藤さんは泣き寝入りする必要はありません。

同じような状況に直面した読者の皆さんは、以下のステップを検討してください。

  1. 計算根拠の提示を求める: 会社が主張する「計算ミス」が具体的にいつ、どの項目で発生したのか、詳細な計算書を請求してください。単なる「システムエラー」という説明だけでは不十分です。
  2. 合意書を確認する: 就業規則や退職時の合意書に、賃金調整に関する規定があるか確認しましょう。
  3. 専門家に相談する: 相殺された金額が極端に大きい場合や、計算根拠が不透明な場合は、雇用労働部の出先機関や公認労務士に相談し、不当な控除がないか精査してもらうことが重要です。

会社とのトラブルを避けるためにも、毎月の給与明細を注意深くチェックし、疑問があればその都度確認する習慣をつけることが、自分自身の権利を守る第一歩となります。