1. あるベテラン組合員の葛藤
佐藤健一さんは、中堅の製造メーカーで20年以上勤務してきた熟練工でした。彼は労働者の権利を守るため、ある時から労働組合の専任者として活動することになります。団体協約に基づき、彼は現場での作業を完全に離れ、組合の運営と交渉という重い責任を背負って数年間を過ごしました。
韓国の法制度の下では、組合専任者は原則として会社から賃金を受け取ることが禁止されています。佐藤さんも、専任期間中は会社からの給与がなく、組合からの活動費で生活していました。しかし、いよいよ定年退職を迎えたとき、佐藤さんはある不安に襲われました。「専任期間中は給与がゼロ(あるいは極少額)だった。もしこの期間の給与を基準に退職金が計算されたら、私の退職金は激減してしまうのではないか」と。
人生の集大成となる退職金。佐藤さんは、自身の献身的な組合活動が、皮肉にも自身の老後の資金を削ることにならないか、深刻な悩みに直面しました。
2. 法的な争点
ここでの核心的な問いは、「労働組合専任者が退職する際、退職金算定の基礎となる『平均賃金』をどのように決定すべきか」ということです。実際に支払われた金額(ゼロまたは少額)を基準にするのか、それとも、もし専任にならなければ得ていたはずの賃金を基準にするのかが問題となります。
3. 韓国法が定める原則
韓国の「労働組合および労働関係調整法」では、専任者の処遇について以下のように規定しています。
労働組合および労働関係調整法 第24条団体協約で定められた場合や使用者の同意がある場合、専任者は所定の労働を提供せずに組合業務に従事できる。原則として、この期間に使用者は専任者にいかなる給与も支払ってはならない。
ただし、2010年に導入された「勤労時間免除制度(タイムオフ制)」により、一定の限度内であれば、賃金の損失なく組合活動が行える例外が設けられました。しかし、この制度の適用外である場合や、伝統的な専任者のケースでは、以下の原則が適用されます。
- 身分の維持: 専任者であっても、会社との基本的な労使関係は維持されており、企業の従業員としての身分は保持している。
- 労働提供の免除: 労働提供の義務が免除されているため、実態としては「休職状態にある労働者」と類似している。
4. 韓国裁判所の判断アプローチ
韓国の最高裁判所は、退職金制度の根本的な目的を「労働者が退職後も、従前と同じ水準の生活を保障すること」にあると考えています。
裁判所は、専任者が会社から受け取った金銭があるとしても、それは「労働の対価としての賃金」ではなく、組合活動を維持するための手当のようなものであると判断しています。したがって、実際に受け取った金額を基準に退職金を計算することは、制度の趣旨に反し、不当に低い退職金につながるとしてこれを否定しています。
5. 佐藤さんのケースへの適用
佐藤さんの状況にこの法理を当てはめてみましょう。
まず、佐藤さんは専任期間中、会社から賃金を受け取っていませんでした。もし単純に「直近3ヶ月の平均賃金」を計算すれば、彼の退職金はほぼゼロに近い金額になってしまいます。しかし、判例の考え方に基づけば、佐藤さんは「休職者」と同様の扱いを受けます。
したがって、算定基準は以下のようになります。
- ステップ1: 佐藤さんが専任にならなかった場合に、現在就いているはずの「職級(ランク)」と「号俸(勤続年数による昇給段階)」を確認します。
- ステップ2: 佐藤さんと同等の職級・号俸にある一般社員が現在受け取っている平均賃金を算出します。
- ステップ3: その金額を基準として、全勤続年数に対する退職金を計算します。
これにより、佐藤さんは組合活動に専念していた期間も、あたかも現場で働き続けて昇給していたかのような基準で退職金を受け取ることができることになります。
6. 結論:佐藤さんの結末とアドバイス
最終的に、佐藤さんは会社の人事担当者に判例を提示し、同一職級の社員と同等の基準で退職金を算定してもらうことができました。彼の献身的な活動が、経済的な不利益につながることはなく、安心してリタイア生活に入ることができたのです。
【同様の状況にある方へのアドバイス】
- 同一職級の賃金データを把握せよ: 退職金交渉の際、自分がもし現場にいた場合にどの職級・号俸に属していたかを明確にし、その基準となる賃金テーブルを把握しておくことが重要です。
- 団体協約の確認: 「勤労時間免除制度」が適用されているか、あるいは団体協約に退職金算定に関する特約があるかを確認してください。
- 専門家への相談: 会社側が「実際に支払った給与」のみを主張する場合、最高裁の判例(97다54727など)に基づいた主張が必要となるため、早めに労務専門の弁護士や公認労務師に相談することをお勧めします。




















