1 — 一人の選択をめぐる物語
ソウルで暮らす佐藤ユナは、生活費を補うため、成人の男性から金銭を受け取って性行為をしました。誰かに脅されたわけではなく、紹介業者が間に入ったわけでもありません。ユナは、自分の意思で決めた行為なのだから、他人にとやかく言われることではないと思っていました。
ところが後日、ユナは売買春をしたとして刑事事件の被告人になります。弁護士との面会で、彼女は率直に尋ねました。「自分で選んだことなのに、国が罰するのですか。私の性について決める権利や、仕事を選ぶ自由を侵害していませんか」。その問いは、個人の自由と社会の規制がぶつかる場所にあります。
2 — 法的な問い
中心となるのは、本人の意思による売買春であっても、当事者を刑事処罰することが韓国憲法に反しないのかという問題です。とくに、性の自己決定権、私生活の自由、売春をする人の職業選択の自由を、法律がどこまで制限できるかが問われます。
3 — 韓国法はどう定めているか
韓国の「性売買斡旋等行為の処罰に関する法律」は、売買春をした人を処罰する規定を置いています。憲法裁判所が審査した条文は、売買春をした人に対し、1年以下の懲役、300万ウォン以下の罰金、拘留または科料を科し得るとしていました。
売買春をした人は、1年以下の懲役または300万ウォン以下の罰金、拘留もしくは科料に処する。
この規定は、売買春をした側の自由を制約します。憲法上の権利には、性について自ら決める権利や私生活の自由が含まれ、性を売る人については職業選択の自由も問題になります。しかし、こうした権利があるからといって、社会に表れた行為が常に法律の規制を免れるわけではありません。
一方、強要や搾取などによって売買春をさせられた人は、売買春被害者と認められ、処罰対象から除外される場合があります。また、事案によっては刑事処罰ではなく保護事件として扱われる可能性もあります。したがって、実際の事件では「本人の意思だったか」という一言だけでなく、次の点が重要になります。
- 脅迫、暴力、監禁、詐欺などがあったか
- 斡旋者や第三者が利益を得ていたか、本人の行動を支配していたか
- 年齢、経済状況、在留資格などを利用した搾取や強制があったか
- 被害者としての保護や自立支援の対象となる事情があるか
4 — 韓国の裁判所はどう考えるか
韓国憲法裁判所は、売買春の処罰が性の自己決定権、私生活の自由、職業選択の自由を制限すること自体は認めました。そのうえで、個人の性行為が私生活に属する場合でも、社会に表れて社会の健全な性風俗を損なうなら、法律による規制の対象になり得ると考えています。
裁判所が重視したのは、売買春を単なる対等な当事者間の取引と見ることはできない、という点です。経済的に弱い立場にある人の身体や人格が金銭によって支配されるおそれがあり、人間の性を商品化することで搾取や性犯罪が起きやすい環境を生み出す、という見方です。また、買い手の需要が市場を維持・拡大させ、若年者や外国人など、より弱い立場の人が市場に取り込まれる危険にも目を向けました。
裁判所は、売買春を処罰する目的には正当性があり、処罰によってその目的を実現しようとすることも不適切とはいえないと判断しました。権利への制約はあるものの、公共の利益との均衡を欠くほど過度ではない、という結論です。
さらに裁判所は、教育や予防策だけで刑事処罰と同じ、またはそれ以上の効果が得られるとはいえないこと、売る側を処罰対象から一律に外せば供給が広がるおそれがあることも考慮しました。被害者を処罰から除外し、保護や自立支援につなげる仕組みがあることも、処罰が過度ではないとする判断の一部になっています。こうした理由から、裁判所は売買春をした当事者への処罰規定を合憲とし、平等権の侵害も認めませんでした。
5 — ユナの事件に当てはめる
ユナの状況を、裁判所の考え方に沿って順に見てみましょう。
- 行為が処罰規定に当たるか。 ユナは成人男性から金銭を受け取って性行為をしたとされています。事実が認定されれば、売買春をした人を処罰する規定の対象になり得ます。
- 本人の意思だけで憲法違反になるか。 ユナが自由意思で行為を決めたという事情は、性の自己決定権や職業選択の自由を考えるうえで重要です。しかし、憲法裁判所は、本人の同意がある行為であることだけを理由に、処罰規定を無効とはしませんでした。売買春市場がもたらす社会的な影響を防ぐ目的も、規制を支える理由になるとしたからです。
- 被害者として処罰を免れる事情があるか。 ここはユナにとって決定的になり得ます。表面上は同意していたように見えても、脅迫、借金による拘束、第三者の支配、在留資格を利用した脅しなどがあれば、実質的には強制や搾取があった可能性があります。反対に、そうした事情がなく、本人の自由な判断で行為をしたと認定されれば、被害者として処罰を免れる道は狭くなります。
- 処罰規定そのものを違憲として争えるか。 ユナは、憲法上の権利を制限する法律は過度だと主張できます。しかし、裁判所はすでに、社会の健全な性風俗を守る目的、需要を抑制する必要性、被害者保護の仕組みなどを踏まえ、当事者への処罰を合憲としています。したがって、本人の自由意思だけを根拠に、処罰規定そのものを無効にするのは難しいでしょう。
6 — 結論:ユナに何が起き、同じ状況ならどうするか
ユナの事件では、強要や搾取を示す事情が見つからず、本人が自分の意思で金銭を受け取って性行為をしたと認定されました。そのため、憲法上の自由を主張するだけで処罰を免れることはできず、売買春を処罰する規定に基づいて有罪となる可能性が高い、というのが韓国法の結論です。ただし、実際の判断は個別の証拠と事情に左右されます。被害や強制があったなら、その点は別個に、具体的に明らかにする必要があります。
同じような状況にある人は、次のことを心がけてください。
- やり取りを消さない。 メッセージ、送金記録、通話履歴、移動記録などは、同意の有無や第三者の関与、脅しの実態を示す手がかりになります。
- 取り調べの前に弁護士へ相談する。 「自分で選んだ」とだけ説明すると、借金や脅迫、支配といった背景が見落とされることがあります。事実を時系列に整理して伝えてください。
- 強制や搾取があれば支援につなげる。 身の危険がある場合は安全を優先し、警察や被害者支援機関、法律相談窓口に助けを求めてください。韓国では、被害者として認められる事情が処罰や保護の判断を左右し得ます。




















