1――人間の物語:校舎を回った声
一九七五年四月、韓国の大学生キム・ミンジュンは、拘束された学生たちの行方を案じていました。仲間とともに約四百人が集まり、「拘束学生を釈放せよ」「中央情報部を解体せよ」「朴政権は退け」と声を上げ、大学本部の建物の周囲を一度回りました。やがて集まる学生は約千人に膨らみ、用意していた声明文が配られ、読み上げられました。
ミンジュンと仲間たちは、集会やデモによって裁判に影響を及ぼすおそれがあることなどを理由に起訴され、有罪判決を受けました。判決は確定し、彼らが掲げた要求の是非とは別に、「裁判に影響を与える可能性のある集会」を禁じる法律が、何をどこまで禁止していたのかという疑問が残りました。
2――法的な問い:裁判に関する集会は、刑罰で一律に禁じられるのか
問われたのは、司法の独立や裁判の公正を守るためであれば、「裁判に影響を及ぼすおそれがある、または影響を及ぼす目的がある」とされる集会・デモを広く禁止し、参加者を刑事処罰してよいのか、という点です。さらに、その規定に基づく有罪判決がすでに確定している場合、憲法裁判所の判断を受けて再審を求められるのかも問題になります。
3――韓国法が定めること
問題となったのは、旧「集会及び示威に関する法律」の規定です。韓国憲法裁判所は二〇一六年、裁判に影響を及ぼすおそれがある、または影響を及ぼすための集会・デモを禁じる部分について、集会の自由を侵害すると判断しました。
司法の独立を守る目的そのものには正当性がある。しかし、裁判に関係する集団的な意見表明を、明確な基準を示さず事前に一律禁止することは、集会の自由を過度に制約する。
この判断の背景には、集会の自由が民主主義に欠かせない権利であり、裁判に関する意見表明もただちに不当な圧力とはいえない、という考え方があります。法律による制限が許されるかは、少なくとも次の点から検討されます。
- 目的に正当性があるか。 裁判官が外部の圧力を受けずに判断できる環境を守ることは、重要な公益です。
- 手段が目的に役立つか。 集会の禁止が、本当に司法の独立を守る有効な方法なのかが問われます。
- 必要な限度にとどまるか。 より限定的な規制や、既存の法令で対処できるのに、広く禁止していないかを確認します。
- 得られる利益と失われる権利の均衡があるか。 抽象的な危険を防ぐ効果に比べ、集会の自由を奪う不利益が大きすぎないかを見ます。
憲法裁判所は、問題の規定が「どのような集会なら裁判への影響を理由に規制されるのか」を判断する基準を示していなかったことを重視しました。そのため、具体的に裁判を妨害する行為だけでなく、裁判に関係する幅広い意見表明まで萎縮させ、事実上できなくさせるおそれがありました。
また、韓国憲法裁判所法には、違憲と判断された法律を適用して有罪判決が確定した場合、その判決について再審を請求できる旨の規定があります。ただし、違憲判断があったからといって、確定判決が自動的に取り消されるわけではありません。どの規定が有罪認定に使われたのか、他の独立した犯罪事実が認定されているのかを確認する必要があります。
4――韓国の裁判所はどう考えるか
韓国の裁判所がこの種の問題を考える際には、司法の独立を守る必要性と、市民が公の場で意見を表明する自由の双方を見ます。裁判官を威迫したり、審理を実際に妨げたりする行為を許すということではありません。一方で、裁判に対する批判や、司法制度についての集団的な意見表明を、それだけで不当な介入とみなすこともできません。
集会を規制するなら、何が禁止されるのかを人々が予測できるだけの基準が必要です。漠然とした「影響のおそれ」を理由に広く禁止すれば、適法な批判まで封じる結果になりかねません。
裁判所はまた、目的だけでなく手段の必要性も検討します。一般的な集会規制や、具体的な妨害行為に適用できる刑罰法規で対処できるなら、裁判に関連する集会をまとめて禁じる必要があるのかが問われます。禁止によって得られる利益が仮定的・抽象的である一方、集会の自由への打撃が重大なら、権利制約の均衡を欠くという結論に傾きます。
5――ミンジュンの事件に当てはめる
ミンジュンたちの事案を、憲法裁判所の考え方に沿って順に見てみましょう。
- 規制の目的は正当でも、目的だけでは合憲とはいえません。 裁判官の職務上の独立を守り、司法の公正を確保することは重要です。しかし、その目的が正当であることだけで、集会の全面禁止と刑事罰まで正当化されるわけではありません。
- 禁止の範囲が広く、予測しにくいものでした。 「裁判に影響を及ぼすおそれ」という表現だけでは、どのような発言や集会が処罰対象になるのかが明確ではありません。裁判をめぐる批判や、拘束された学生の釈放を求める表明まで、規制対象と受け取られる危険がありました。
- より限定的な方法があり得ます。 具体的に審理を妨害する行為があれば、それに応じた一般的な法令で対処できる可能性があります。にもかかわらず、裁判に関係する集会を事前に広く禁じるのは、必要最小限の制約とはいえません。
- 守られる利益に比べ、奪われる自由が重すぎます。 禁止によって司法の独立がどれほど実際に守られるのかは抽象的である一方、集会の自由は強く制限されます。憲法裁判所は、この不均衡を問題としました。
このため、ミンジュンの有罪判決に、違憲とされた「裁判に影響を及ぼすおそれ、または影響を及ぼす目的」を理由とする旧規定が適用されていたなら、その部分について再審を請求できる可能性があります。ただし、当時の起訴には、民主的基本秩序に反する集会・デモなど、別の犯罪事実も含まれていました。憲法裁判所が違憲とした規定に基づく部分と、別の根拠による部分を区別しなければならず、再審請求だけで無罪や判決全体の取消しが確定するわけではありません。
6――結論:再審の道は開かれたが、判決は自動では変わらない
物語の中のミンジュンは、確定判決があったというだけで救済の機会を失うことはありません。二〇一六年の違憲判断を踏まえ、問題の旧規定が自分の有罪判決に使われていたかを確認し、要件を満たすなら再審を請求できます。しかし、集会の自由を侵害する規定が違憲とされたことと、当時の事件に関するすべての罪が消えることとは別問題です。再審で何が覆るかは、確定判決の理由や証拠、他の罪名との関係を精査して決まります。
同じような判決を受けた人や遺族が確認すべきことは、次の三点です。
- 確定判決と起訴状を確認する。 違憲とされた旧規定が、実際に有罪の根拠として適用されたかを特定します。
- 判決の他の根拠を切り分ける。 別の犯罪事実や独立した処罰根拠がある場合、再審の対象と見通しは変わり得ます。
- 刑事再審に詳しい韓国の弁護士へ相談する。 適用法、確定記録、再審請求の手続と期限を確認し、必要な書類を整えます。
司法の独立を守ることは、民主主義にとって欠かせません。しかし、それを理由に裁判に関する市民の声を基準なく封じれば、守るべき自由そのものが損なわれます。ミンジュンたちの事件が示すのは、司法への批判を許すことと、司法を公正に保つことは、両立させるべき憲法上の課題だということです。




















